国鉄明知線のんびり・・C12が行く
2012/07/13 Fri. 14:21 | 思い出のアルバム |
そんな野の仏さまの力もお借りして撮った写真が先日の画像。
そういえば・・・
むかしむかし、ちょうどこの場所付近でC12を撮っている。かつてこのわずか25kmほどのローカル線にも当時は二往復の貨物列車が運転されていた。それでも典型的な赤字ローカル線としていつも廃線の噂が絶えなくて、その危機感からか沿線にはいつしか「明知線廃止絶対反対!豊田まで延長せよ!」といった立て看板があちこちにあったことを記憶している。

明知線 東野-阿木 463レ C1242〔中〕 72.3.29
私は本来大きなテンダー機関車が好きでしたので西線のD51ばかり撮影していて明知線にはほとんど目を向けませんでした。C12は中津川のマスコット的存在でかわいらしい機関車でしたがタンク機関車にはそれほど興味がわかなかった、というのが本音でしたね。ただこのC12という機関車、かわいい容姿ながらドラフト音がポンポン弾むように独特なもので迫力ある響きを聞かせてくれました。
興味がさほどなかったとはいえ唯一のこの画像を今見れば、撮影しておいて本当に良かったとつくづく思います。
40年前・・・
父の車でこの場所へ連れて行ってもらったのですが、わざわざ明知線を撮りに行ったのか、それとも何かのついでだったのかどうか・・?よく憶えていません。しかしまず東野付近で撮影してその後追っかけて再びここで撮影しています。深い山々にこだまして遠くドラフトが聞こえているのにちっともやって来ない・・そんな印象でした。ましてこのあたりから明知線最大33パーミルの勾配が始まりますからなおのこと。やっと現れて夢中でシャッターを切るのですがスピードがホント遅く(時速30Kmくらいかなぁ)今ネガを見るとまるでモータードライブで撮影したみたいにコマが続いています(笑)。

40年の年月を越えて同じ場所で撮影してみました。もっとも当時のように線路際ぎりぎりまで行くのは自重いたしましたので望遠でしかもアウト側から撮っています。したがって背景が違ってみえますね。小野川橋梁は当時のままだと思うんですが、鉄橋脇の樹木が40年の年月の間に倍以上の背丈になって線路後方が見えません。
今もC12が良く似合う沿線風景がここかしこに存在している明知鉄道です。C12が再び走ることはないでしょうが、C12復活!私はそんな夢を今夜も見てしまいそうです(笑)。
ご訪問ありがとうございます!

ワンクリックしてもらえると嬉しいなぁ~!

にほんブログ村
« 梅雨明け一番3084レ | 再びいつもの釜戸で »
コメント
ごはちまるさん
こんばんは・・
40年の歳月・・昔はC12が今は、貨物も消えて長閑にDLがトコトコですね。
それにしても、バックがはげ山だったのが、木が成長して鬱蒼と茂っていますね。
今も変わらないのは鉄橋と長閑さだけと言うのも、歳月を感じさせますね。
貴重な1枚のC12の写真・・その時は興味もなくだったようですが、今はそれが・・ですね。
明智鉄道にC12の復活もですが、西線にD51を復活をですな!
梅小路のD51-200号機が走らないかなぁー!と、瞑想です。
おなさん こんばんは。
コメントをありがとうございます。
D51200は西線ゆかりのあるカマですから当初はいつか西線で復活すると思っていました。しかし国鉄はJRとなり分割された今ではもう実現しないのでしょうか?JR東海はこういったお祭りには特に消極的でしょうから・・・。
D51200がナンバープレートを青くして木曽を疾走する夢を私も思い描いています。
| h o m e |