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RAILWAY浪漫 ロクヨンcafe

鉄道写真がメインです。過去から最近撮影したものまで、気ままに 思いついたままに綴ってまいります。

思い出の鉄橋 


今も昔も木曽らしい…と思う

懐かしさと・・・
旧第一奈良井川橋梁 872レ D51重連  73年

先の投稿した画像、場所は山深い雰囲気がお気に入りのポイントでありますが、かつての旧第一奈良井川橋梁も木曽らしい谷にアメリカ製の上路トラスが魅力的な大好きな場所でありました。当時中央本線には同様の鉄橋がほかにも存在していて西線の定番撮影ポイント伊奈川橋梁(旧)や中津川-落合川間の旧小野川橋梁(現在の上り線)や唯一現存している東線旧立場川橋梁など全く同じタイプの鉄橋でした。
今こうして見るとD51が2両も乗って大丈夫?なんて思えるくらい華奢な橋に見えますがこの時点で50年以上も重量列車を支え続けていたのですから立派なものです。画像をよく見ると橋のたもとには電化ポールが見られますが実は架線も張られています。そう、この旧線は電化直後も使用されEF64もこの鉄橋を渡っているんです。いやむしろEF64や381系などがこの鉄橋を渡っている写真があればむしろこちらのほうがとても貴重な記録と言えそうですね。残念ながら私はD51以外撮影してはおりません(溜)。

さて画像は73年の3月ころではなかったか?と思います。機関車はD51125とD51549だったと思うのですが・・・? 
記憶の糸を手繰れば・・・872レは贄川に停車、今度は第二奈良井川橋梁で撮ろうと撮影後急いで追いかけました。駅までたどり着いて停車中の機関車カマ番を確認したのが先ほどのカマだったという記憶です。
まあしかし追っかけとは言いましても中学生でしたから当然徒歩での追っかけであります(汗)。贄川駅を速足で過ぎ列車を追い越したものの第二奈良井川橋梁はもっと先です。結局間に合わず2発目は叶うことなく寒い時期だったのに汗だくでハアハア、ゼイゼイいいながら悔しく見る鉄と相成りましたとサ・・・(笑)遠い昔のことですがこの時のたなびく無情なる煙とその匂いは昨日のことのように思いだされます。

ちなみに・・・
この鉄橋は現在の橋梁より下流側に存在しました。今も両岸に橋台跡が草に埋もれながらも残っていると思いますので廃線跡探索など興味ある方は探してみてください。


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続 高二のゴハチ 


風の思い出~

再び岡部-本庄間にて

いいね!ゴハチ
高崎線 岡部-本庄 2325レ EF5859〔高二〕 77年12月11日

今宵も年寄りの思い出にお付き合いを・・
前回に続いてこちらは下り客車普通列車2325レです。牽引のEF5859は当然の上越スタイルですが前の136号機と比べると汽笛カバーが少し小さいですね。こういった同じスタイルでも装備のほんの少しの違いを見つけるだけでも楽しかったなと当時を思い出します。

確か前の画像2322レを撮って振り返るとこのアングルでしたという場所。グーグルマップの航空写真で見るとたぶん・・・たぶんですよ・・この短い鉄橋は現在架け替えられてコンクリートの橋になっていますね。おそらくその際に線路も移動しているようでこの写真を撮影したカメラポジションが現在線の位置ではないか?と思います。ちなみにいわゆる通称「オカポン」定番ポイントとはこの川べりなんでしょうか?なんてったってこのころは他の鉄道ファンに遭遇することも稀な「オカポン」でしたから。一日中この付近で181系「とき」やEF15牽引貨物など撮り歩きましたが撮影者は私一人だったです。
画像はやはりいまひとつ列車を引き寄せられないで撮影してますね(笑)。のんびり長閑な広い田園を思うがままに撮影しながら歩いた一日・・・季節は12月でしたが暖かな陽光に緩やかな風の音が遠い記憶の片隅にあります。


さて・・・昨日は唯一のロクヨン0番台37号機の高崎への単機回送があったようでどうやらそれがラストランだったという報。
ついにEF64(0番台)の形式消滅ですね。長い間お疲れさまでした。個人的に思うところいっぱいありますがまた別の機会に・・・(涙)



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高二のゴハチ 


ゴハチ大好き!

上越タイプもかっこよかったなぁ~

青春の思い出
高崎線 本庄-岡部 2322レ EF58136〔高二〕  77年12月11日

本日から5連休で冬休みをいただいております。いつもならかみさんと温泉旅行にでも行くのですが、このご時世でしょ、しかも私の住む岐阜県は緊急事態宣言してますから・・・(溜)。県民といたしましてはここはぐっと我慢して自粛です。

というわけで久しぶりに「思い出のアルバム」を開いてみようと思います。
もう40年以上も前の画像ですね。高崎線、本庄-岡部にて撮影した2322レです。当時高崎-上野間の客車普通列車は一日2往復あった記憶、2322レはそのうちの一本です。
だだっ広い関東平野をからっ風とともに駆け抜けていくゴハチはその風貌からして、それまで見慣れた華麗でスマートな東海道のゴハチたちよりごつくて特に高崎と長岡のゴハチはヒサシ、汽笛カバー、スノープラウ、電暖等標準装備、エアフィルターは耐雪に向いていた(?)せいか原型縦型でした・・といういで立ち。それでいて華は失せてなくて・・・・とにかくかっこよくて大好き!でした(笑)。

さて撮影場所は・・・
当時はほとんど情報を持ち合わせてなくて何気なくこの辺がいいだろうと岡部駅に降り立ち本庄方面へ歩きたどり着いた場所がここでした。今じゃ「オカポン」とかいって定番中の定番ポイントですが私はこの時以来この場所へは行っていません。現在の定番ポイントがどこかも分かりませんが当時のオカポンだかガチャポンはこんな感じでした。今も周りの雰囲気は変わらないのでは?と想像しています。
このころはモータードライブなど高根の花で持っている人など見たこともない時代、手巻きの時代でしたのでワンカット必中。カッとんでくるゴハチのスピードに恐れおののきどうしても早打ちになってしまう私でした。この写真ももう少しが待てなくて・・・なんてったって二十歳そこそこの若造でしたからね(恥)。

木曽でD51を撮ってたころからモノクロ撮影時はオレンジフィルターをレンズに装着していて特段なにも考えてなかったのですが冬を迎える関東平野の広い空に雲が浮き上がってそれらしく表現されたのは偶然の結果。シャッター速度がちと遅すぎたか若干顔が流れてるかな?まあそれも速度感がでていいやなんて二十歳そこそこの若造は自分を慰めていました。懐かしい私にとっては思い出深い一枚です。




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あの頃のゴハチ 


思い出はモノクローム!

若かったなぁ~あの頃
某SNSでは本日1月22日は122の日とかでEF58122の画像がやたら投稿されています。それなら!・・・というわけでもないんですが・・ここんところ冬らしいカラッとした青空も拝めず異常な暖冬で雪も降らず、そのため思い描いている写真も撮れずで載せる画像もなく、ならば122のごろ合わせに乗っかって私もなつかしのEF58122の画像で更新です。

ゴハチがバリバリに活躍していた頃1977年12月14日、大宮にて撮影したEF58122〔宇〕牽引、東北本線122レです。カマが122号機なら列車は122レというまさに1月22日にふさわしい画像ではないかと(笑)。
東北本線122レはたしか・・福島始発の列車だった記憶。長距離鈍行列車が華々しく活躍していた時代ですね。この旧客10両以上というのはゴハチにふさわしい長編成列車といえますが、こんなのが定期で毎日何本も走っていたんですからいい時代でした。

あれから月日は流れいつしか私は鉄から離れ時は国鉄からJRへといざなう・・・そして長い休鉄から目覚めた時、EF58122はJR東海に籍を移していて意外や身近なところにいることを知り驚きました。しかし晩年の姿を私はついに見ることはありませんでした。だからでしょうか・・・私にとってEF58122はいまだ宇都宮のカマのままであります。

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「さくら」の思い出 


特急「さくら」が一番好きだった!

いい時代だったEF65540〔東〕牽引2レ 78年 8月27日  根府川にて

桜の記憶ならぬ「さくら」の記録・・・(笑)。
数あるブルートレインのなかで一番好きな列車が「さくら」です。多少強引を承知で言いますが(笑)、1レと2レといえば、かつて客車特急時代の「つばめ」の列車番号であり、それを引き継ぐ伝統の番号。これは野球でいえばエースナンバーみたいなもんでしょうか? 昼行、夜行の違いもあり走行距離も違いますから当時の国鉄がそんな思い入れを「さくら」に託していた・・・とは思えませんが私としてはそんなロマンを夢見たいわけです。

だから特急「さくら」号!
思えば遠く子供の頃に見た絵本には青いEF58の特急「さくら」が描かれていました・・・「さくら」が好きになった原点。

PF牽引もいいよねEF651111〔東〕牽引1レ 78年 8月28日 大井町にて

こちらは新製されてまだ間もない頃のEF651111牽引「さくら」です。1978年の夏はブルートレイン牽引機がEF65PからEF65PFへと順次交替していった年で両方が混在して走ってました。今のように運用情報が簡単に手に入る時代ではありませんでしたからどっちが牽引してくるのか全く分からずでしたがPを期待しつつもPFも新製直後で美しかったから、まぁ結局どっちでもいいや!のややP寄りの気持ちで列車を待っていました。

しかし今になってみるとEF65P牽引のブルートレインをぎりぎりでも撮影できたことは良かったなぁ・・・とつくづく思うのです。なぜなら、東海道線が全線電化されて以降、伝統の特急牽引機はEF58に始まりEF60500番台、EF65Pまで(汗)。異論ある方もいらっしゃるかと思いますが私の中ではEF65Pは東海道伝統の最後の特急牽引機だったと勝手に思っています。PFは高速貨物牽引も視野に入れて改良された形式なので変なこと言いますが純粋じゃないんです。ましてEF66なんて・・・。

まさかこいつがブルトレ牽引機
EF6651〔関〕牽引コンテナ貨物(列番不明) 78年 8月27日 根府川にて

EF66なんて・・・というとEF66ファンから叱られそうですが・・けっしてEF66が嫌いなんかじゃありません。EF66にもヒストリーがあるわけでしてそれはそれで興味深く歴史に名を残し敬意を表すべき形式だと思います。本来は貨物用として登場した生い立ちからするとブルートレイン牽引機に抜擢されたこと自体驚きでした。

写真は根府川で「さくら」を撮影した日に撮っていたEF6651。この51号機は後にブルートレイン牽引機の一両になるわけですがこの時だれがそんなこと想像したでしょうね。残念ながら私は休鉄していたブランクが長く、その間にブルトレはその勢力をどんどん失い私が復鉄した時には「さくら」はいなくて「富士はやぶさ」という併結特急にまで落ちぶれた一本を残すのみ、その時点でまぁブルトレはええわ!っていう気分だったです。惜しむらくはEF6651が牽引している「さくら」をもし撮影していたらこの記事ももう少しは深い話になっていたかも・・・・(?)。

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