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RAILWAY浪漫 ロクヨンcafe

鉄道写真がメインです。過去から最近撮影したものまで、気ままに 思いついたままに綴ってまいります。

「さくら」の思い出 


特急「さくら」が一番好きだった!

いい時代だったEF65540〔東〕牽引2レ 78年 8月27日  根府川にて

桜の記憶ならぬ「さくら」の記録・・・(笑)。
数あるブルートレインのなかで一番好きな列車が「さくら」です。多少強引を承知で言いますが(笑)、1レと2レといえば、かつて客車特急時代の「つばめ」の列車番号であり、それを引き継ぐ伝統の番号。これは野球でいえばエースナンバーみたいなもんでしょうか? 昼行、夜行の違いもあり走行距離も違いますから当時の国鉄がそんな思い入れを「さくら」に託していた・・・とは思えませんが私としてはそんなロマンを夢見たいわけです。

だから特急「さくら」号!
思えば遠く子供の頃に見た絵本には青いEF58の特急「さくら」が描かれていました・・・「さくら」が好きになった原点。

PF牽引もいいよねEF651111〔東〕牽引1レ 78年 8月28日 大井町にて

こちらは新製されてまだ間もない頃のEF651111牽引「さくら」です。1978年の夏はブルートレイン牽引機がEF65PからEF65PFへと順次交替していった年で両方が混在して走ってました。今のように運用情報が簡単に手に入る時代ではありませんでしたからどっちが牽引してくるのか全く分からずでしたがPを期待しつつもPFも新製直後で美しかったから、まぁ結局どっちでもいいや!のややP寄りの気持ちで列車を待っていました。

しかし今になってみるとEF65P牽引のブルートレインをぎりぎりでも撮影できたことは良かったなぁ・・・とつくづく思うのです。なぜなら、東海道線が全線電化されて以降、伝統の特急牽引機はEF58に始まりEF60500番台、EF65Pまで(汗)。異論ある方もいらっしゃるかと思いますが私の中ではEF65Pは東海道伝統の最後の特急牽引機だったと勝手に思っています。PFは高速貨物牽引も視野に入れて改良された形式なので変なこと言いますが純粋じゃないんです。ましてEF66なんて・・・。

まさかこいつがブルトレ牽引機
EF6651〔関〕牽引コンテナ貨物(列番不明) 78年 8月27日 根府川にて

EF66なんて・・・というとEF66ファンから叱られそうですが・・けっしてEF66が嫌いなんかじゃありません。EF66にもヒストリーがあるわけでしてそれはそれで興味深く歴史に名を残し敬意を表すべき形式だと思います。本来は貨物用として登場した生い立ちからするとブルートレイン牽引機に抜擢されたこと自体驚きでした。

写真は根府川で「さくら」を撮影した日に撮っていたEF6651。この51号機は後にブルートレイン牽引機の一両になるわけですがこの時だれがそんなこと想像したでしょうね。残念ながら私は休鉄していたブランクが長く、その間にブルトレはその勢力をどんどん失い私が復鉄した時には「さくら」はいなくて「富士はやぶさ」という併結特急にまで落ちぶれた一本を残すのみ、その時点でまぁブルトレはええわ!っていう気分だったです。惜しむらくはEF6651が牽引している「さくら」をもし撮影していたらこの記事ももう少しは深い話になっていたかも・・・・(?)。

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思い出の南木曽-十二兼間 


今だ充電中です

今宵はモノクロームな時代へ・・・

やっぱり大好き181系「しなの」
南木曽-十二兼  74年ころ

久しぶりに古い写真を引っぱり出してみました。
むかしむかし撮影した181系「しなの」。その後の381系や現在の383系よりもっともっと風格があり、まさに女王と呼ぶにふさわしい西線自慢の特急でした。

もうひとつオマケに・・・
みっともない写真ですが・・・
まったくもって素人が鉄道写真にデビューしたような画像ですが(笑)・・・記録として見てやってください(汗)
旧型客車を使用していた当時の快速「木曽路」です。D51200が引退した後でしたので、この日はD51893〔中〕が牽引してきました。この後「木曽路」は12系化され新津から転属してきたD51101が専用機のように使われるようになりました。
なお12系「木曽路」は当ブログのこちらにあります。よかったらどうぞ・・・→  http://64cafe.blog.fc2.com/blog-category-9.html

さて今回の古い写真は2枚とも同じ場所、南木曽-十二兼間で撮影したものです。今ではこの場所内は立ち入ることができないので撮影も当然不可です。そして「しなの」の画像では列車後方付近が今回土石流にのみ込まれた地域でもあります。この画像を見た時胸に去来するものいろいろありましたが・・・あらためて早期復旧を願わずにはいられませんでした。

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遠い記憶・・・ 



漂うように記憶の糸を手繰れば

かすれそうなほどの遠い遠い思い出ばかり

いつか見たような気がするのは忘れていた小さな記憶が

ほんの少しだけ顔をのぞかせた瞬間にちがいない

ようこそ!モノクロームな世界へ!!
                                                 名古屋にて EF58163〔浜〕 79年頃?
須原夜景は久しぶりのバルブ撮影でした。過去にも数えるほどしか経験がないバルブ撮影ですからほとんど素人です。数少ない、その過去に撮影した夜景はないかと探して見つけたモノクロ画像。

名古屋で撮影したEF58牽引荷物列車。撮影日時も列車番号も不明、下り列車だったことくらいしか記憶がありません。SGの蒸気が煙る状況からしてどうやら季節は冬・・・もしかしたら年末だったのかもしれません。
モノクロではありますがフィルムに焼き付けられた夜景って情感豊かだと思いませんか? 今では古いレンズの描写と相成って滲む蛍光ランプの灯りに遠いノスタルジーを感じるのです。

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あの頃の巴ヶ淵 



記憶をたどれば

行きつくは、やっぱり・・・

思い出のD51たち

私の原点ここにあり!現役蒸機たちの活躍は感動的だった!
気が付けば10月も間もなく終わっていよいよ晩秋そして初冬の11月ですね。そろそろ木曽の紅葉も北部からピークを迎えそうです。
最近なかなか撮影に出られなくて当ブログも更新が滞っておりますが次のお休みにはいよいよ鳥居峠あたりへ行ってみようと画策中、最新画像はそれまでお待ちください。

・・・というわけで今回は過去も過去!1973年の画像です(汗)
巴ヶ淵をD51重連が行く
思い出の画像、1枚目は顔がつぶれているし2枚目では光線が欠けなおかつ列車にかろうじて逆から陽が射していますが、そんなことおかまいなしに撮っていますね(笑)。それでも当時は国道からこんなふうに巴ヶ淵を往来する列車の写真が撮れました。

木曽川には寝覚ノ床など幾多の伝説の地があるのですが巴ヶ淵もそのひとつですね。ここは秋には紅葉の名所として有名ですが今年もその季節が到来しました。紅葉不作の年でもここの紅葉は裏切りません。ただ木々の葉があっという間に落ちてしまうこともありますのでピークを読むことがけっこう難しかったりします。

両画像とも紅葉シーズンどころか冬枯れた2月頃の撮影だったと思います。当時中学生だった私にとって木曽福島以北まではそうそう行ける場所ではありませんでした。モノクロフィルムがメインの時代でしたので鮮やかな紅葉も写真にすればインパクトに欠けてしまいます。もちろんモノクロフィルムでもフィルターワークで紅葉を表現できることは知っていたのですが・・・。
季節に対して今ほど敏感でなかった子供のころでしたから致し方ないのですがここでの紅葉とD51をカラーフィルムで撮影したかったですね。

ちなみに昨年秋の撮影ですが巴ヶ淵を行く3084レの画像も添えておきましょう。
今年の巴ヶ淵はどんな紅葉だろう?
今年も間もなく巴ヶ淵は紅葉の最盛期を迎えます!

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続・最後の原色ペア 



再び原色重連最後の記録を・・・

原色ペア最後の記録その4
季節は移ろい秋の気配も漂い始めた頃、31号機はあいかわらず34号機と組んでいよいよ最後の力闘をしていました。この年の6月には1000番台の運用が始まったものの高崎からやってきたカマたちは今ひとつ調子が悪く本格的に西線の運用に就かせるにはもう少し時間が必要でした。そんな理由もあったのでしょうか31号機は検査期限ぎりぎりまで使用されたようです。
この日武並で撮影した81レはこの後上松まで追いかけてしまいました。9月も半ば、いつしか思ったより日は短くなってきていて上松付近では厳しい撮影となってしまった苦い思い出だけが残ります。

そして・・・
原色ペア最後の記録その5
その二日後、今度は須原-倉本で原色ペアを捉え木曽から釜戸までいっきに追いかけ撮影したこの画像。これが私の原色重連最後の記録となりました。2009年9月17日の3088レです。
こうして31号機は相棒34号機を残し静かに引退していったのです。

当時の31号機と34号機のペア登場の背景には愛知機関区のなにかしら意思が働いているように思えてならないのです。そこにはやはり手塩にかけて日々整備して送り出している昔気質の鉄道マンの気概が感じられるのです。そしてそれはつい先月のこと、引退する1040号機に花道を用意してくれたかのような1014号機とのペア実現にもやっぱり表れていました(?)・・ね(笑)。


さてさてもう一つ最後の原色重連で思い出したことを・・・

この時を同じくして1000番台が活躍しだしたのですが世代交替の限られた時期には当然ながら追うものと追われるものとの共演が見られます。
2009年7月、私はいつものように31+34のペアを追いかけていました。その頃には平日でも原色重連を撮影に来る人が多くなってきていて、いつもは私ひとりで撮影しているこの場所に数人の人が線路端に取り付いていました。
原色重連新旧共演・・まずは0番台!
お目当ての81レを待つ間に後続5875レにも原色重連が入った!?・・との報が・・・。これには夏の暑さもぶっ飛びましたね!
なんと!この日西線で初めて1000番台の原色重連が組まれ5875レに入ったというのです。付近にいた方にそのことを伝えると一瞬の沈黙のあと大きなどよめきが・・・。
そんな興奮冷めやらぬ中やがて0番台原色重連は81レを牽引して悠然と通過していくのです。
原色重連新旧共演・・お次は1000番台だよ!
そして後続の5875レにはまぎれもなく1000番台原色重連が・・・・!
いつか見られたらいいな?・・くらいにしか思っていなかった原色重連の新旧共演。しかも1000番台にしてみたら西線初の記念すべき列車、その露払いを0番台原色ペアが務めたわけです。

ちなみにこの1000番台原色ペアは1041号機と次位があの1040号機です。1041号機もそろそろ?との噂が聞こえてまいります昨今、西線の運用に就いている今のうちになんとか撮影しておきたいものですね。


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