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RAILWAY浪漫 ロクヨンcafe

鉄道写真がメインです。過去から最近撮影したものまで、気ままに 思いついたままに綴ってまいります。

忘れられない記憶 

どうにも年末の疲れがとれなくて困ったものです。
2日から仕事でしたが本日4日はお休み、まあ寒いし、天気もはっきりしないし、疲れが残っているし・・・等々、ゆっくり体を休めることにしました。


昨年末、鉄道ピクトリアル "アーカイブスセレクション「こだま」の時代"を衝動買いしてしまいました。鉄道輸送が人々の暮らしに大きく関わっていたころ、東海道本線が大動脈として華やかだったころに鮮烈デビューした151系電車の軌跡が貴重な写真とともに綴られています。

鮮烈な記憶あ~ぁ、買っちゃった!
私はこの151系電車を一度だけ見たことがある。
あれはまだ就学前6歳頃だったと思う。母に連れられて名古屋へ行った帰りのこと、私たちは夕方の中央線D51牽引の普通列車に乗りこんだ。名古屋を発車して間もなくD51はゆっくりと加速していく。蒸気機関車の息づかいを聞きながら車窓からは、たなびく煙や蒸気が時折見え隠れする。そんな汽車に乗ることが大好きだった私はいつになくご機嫌だったはずである。

中央線と東海道線がオーバークロスする少し手前あたりに来たときだった、並行する東海道線にものすごいスピードで追い越していく美しい電車がいた。私は子供だったが絵本でいつも見ていた「こだま号」であることをすぐ理解し指さして大きな声で「こだま!こだま!・・・」と叫んだのだった。

実はこのとき見たのは「こだま」ではなく母があれは「つばめ号」だよと教えてくれた。いずれにしても初めてみた国鉄の大スターである、まぶしいほどの輝きとオーラを放っていた。ましてや当時としては最新の美しい(本当にきれいだった!)電車で颯爽と現れた「つばめ」はもっとも歴史と伝統ある花形列車だったわけだから幼子の目にも強烈に映りその残像は今日までの記憶となって当然である。思えばあのころ庶民の優等列車は準急かせいぜい急行が主力だった時代、特急が大衆化した今と違って特急は文字通り特別な存在だった。

ちなみにこの書籍には当時の時刻が掲載されているが、私が目撃した「つばめ」はどうやら名古屋16:44発2004M「第二つばめ」だったようである。


      181系「とき」
151系の血をひく181系を撮影できたのは幸いでした。東海道を疾走していたイメージと少し違っていましたが豪雪の上越国境を行く姿はスマートさに加え、たくましさが新たな魅力となっていたように思います。
77年ころ 南浦和にて

あ~懐かしい!このころはオレもピチピチやった~!越後中里を行く181系「とき」
絵入りのサインも懐かしいですが、当時は「この車両にはちょっとなぁ~?」などと複雑な思いでした。

このころの中里付近は素朴な田舎町だったのに湯沢ほどじゃないけど今じゃ都会が引っ越してきたみたいなマンション(?)が建っていたりして大きく変貌してしまいましたね。

もっとカラーで撮っておけばよかった~南浦和で撮影した唯一のカラー画像。赤いはちまきが遠くからもよく判る特徴的なカラーリングがけっこうお気に入りだったです。

南浦和のこの付近もずいぶん変わってしまったのでしょうね・・・。近いうちに再訪したいものです。




そして・・・ボンネットデザインは国鉄特急電車の標準スタイルになりました。
485系「ひばり」だよ~ん
485系もボンネットスタイルを踏襲。
このころの東北線は特急電車花盛り!とにかく賑やかだった。
77年ころ、蓮田付近だった(?)と思う。


最後は「能登」 ・・・平成の世に151系の幻影を見る
「こだま」に始まり終焉はローカルな「能登」
平成の時代までこのスタイルは残ったんですねぇ。若い方たちから見たらこのデザインはどんな印象だったんでしょう?
私は151系の幻影を平成の時代にまで見られたことが、やっぱり嬉しかったです。
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