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RAILWAY浪漫 ロクヨンcafe

鉄道写真がメインです。過去から最近撮影したものまで、気ままに 思いついたままに綴ってまいります。

はるか追憶の落合川 

かつて中津川-落合川間は賑やかだった。わずか4kmにも満たない区間だが25パーミルの勾配が存在していたため貨物列車は補機を必要とした。補機は落合川で切り離されると対向の貨物列車に付け替えられ再び補機として中津川へ帰る。上下列車のタイミングが合わない貨物には補機が単機回送で落合に向かったり逆に機関区に単機戻ったり・・・昼夜を問わずいつも機関車たちの息づかいと汽笛の轟きが絶えなかった.


比較写真・・・

建設中 の上り新線と回送補機
比べてみよう!今昔
D51のほうは背中合わせの重単ですが、たぶん荷がなかった列車に運用通りの補機が付いてこんなかたちになったんでしょう。複線化工事が進んでいたころ・・・1970年10月に撮影した画像です。前方の道路橋も建設中だったんですね。比較してみると、かつての線形が分かるんじゃないでしょうか?



完成した新線を急行貨物が行く!

懐かしの4652レ
勾配緩和されたとはいえ下り新線が完成するまでは相変わらず補機が付きました。その下り線となる従来線も改修のため線路がはがされているのが分かりますね。

4652レ D51201〔中〕後補機D51(機番不明) 71年ころ

話がそれますが・・・4652レのこと
当時の列車番号で忘れられないのが地域間急行貨物列車4652レです。非電化だった塩尻-中津川間において塩尻-木曽福島間は重連で木曽福島-中津川間は後補機に付け替えて常にD51、2両で運転されていました。西線は鳥居峠を境に上り列車はひたすら下り勾配が続きますがやはり補機を必要としたのはブレーキ扱いが大変だったから?なのでしょうか。木曽福島を発った4652レの補機が後押し補機として豹変する唯一の場所が落合川-中津川間だったというわけです。

落合川へは補機連結のため貨物列車のほとんどが停車しますが、その際木曽川橋梁をゆっくりだらだらと渡って駅に進入してきます。ところが4652レは補機が付いていますので落合川には停まりません。したがって木曽川橋梁を渡る手前から力行運転に入っていてすごいスピードであっという間にやってきます。同じ補機を従えてくる列車でも落合川を発車して空転に気を使いながらゆっくり加速しつつ喘ぎ喘ぎやってくる列車とは明らかにちがいます。軽快に飛ばしてくるといった印象で、そういった意味においては急行貨物列車らしかったなぁ・・と思うのです。


その他思い出の写真を・・・

ここは現在下り線・・・
落合川付近のトンネル、名古屋方出口です。現在の下り線を行く上り列車です。

列車番号不明 D51265〔中〕 72年ころ

このカマはよく遭遇したし・・なじみ深いなぁ~・・・。
かつてD51265、D51266、D51267と3兄弟が長く中津川に在籍していました。その中で最後まで活躍したのがこのD51265ですが西線電化後は長門機関区に転属していきました。ちなみにD51266は中津川で静態保存されています。旧国鉄OBを含めた保存会の方々のおかげでたいへん良い状態のようです。

下り新線を行くD51792
大幅に勾配緩和された現在の下り新線が完成したばかりのころです。建設中だった道路橋も完成してたしかそこから狙った写真だったと思います。

列車番号不明 D51792〔中〕 72年ころ

よく歩いたこの付近。もっともっといろんなアングルで撮りたかったなあ・・などと後悔半分、それでも満足半分・・・こぼれるほどいっぱいの思い出があります。今もロクヨンの撮影によく訪れる場所ですが、もしかしたら私にとってはあのころの延長戦?が今も続いているのかも・・・最近そんなことを感じています(笑)。
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